かつて ここには
旗が揺れ 歌が響いていた
誰かの笑い声が 石に染みこみ
朝も夜も 花が咲いていた
でも 今はもう
風しか知らない
瓦礫と 崩れた塔
骨のような 白い柱だけが 空を見ている
わたしは 歩く
かすれた足跡を たどりながら
踏みしめるたび 小さな音がして
それが まるで 誰かの囁きに聞こえた
ひとつ 落ちていたもの
それは ひび割れた ガラスの指輪
拾い上げると 冷たくて
でも 少しだけ 温もりが残っていた
「忘れないで」と 城は言う
「終わっていない」と 石が言う
だから わたしは目を閉じて
崩れたこの場所に 祈りを置いていく
いつか だれかがまた
ここを通るときのために
ほんのすこしの光を 埋めておく
まだ 世界がやさしさを思い出せるように
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